これまで、並行複発酵と段仕込みについて整理してきました。
麹が糖を作り、酵母がアルコールを作る。その仕組みを安定させるのが段仕込みでした。
では、発酵が終わったあと、日本酒はどうなるのでしょうか。
ここで登場するのが「火入れ」です。
火入れとは何か
火入れとは、日本酒をおよそ60〜65℃程度に加熱する工程です。
発酵が終わったあとも、酵母や酵素は完全に止まっているわけではありません。そのままにしておくと、味わいが変化し続けたり、品質が不安定になったりします。
火入れは、それらの働きを一度止め、日本酒の状態を安定させるための工程です。
火入れはいつから行われているのか
火入れは近代の技術ではありません。記録上は室町時代にはすでに加熱処理が行われていたと考えられています。
当時は冷蔵設備がなく、日本酒は保存中に変質しやすい飲み物でした。発酵後も微生物や酵素が働き続けるため、品質の安定が大きな課題だったのです。
加熱によってそれらの働きを止める方法は、保存性を高めるための実践的な知恵でした。火入れは、風味を変えるためではなく、品質を守るために発展してきた技術なのです。
なぜ60〜65℃なのか
火入れの温度が60〜65℃とされるのには理由があります。
酵母は50℃を超えると急速に失活し始め、60℃前後でほぼ活動を停止します。麹由来の酵素もこの温度帯で働きが弱まります。
一方で、これ以上の高温にすると香気成分への影響が大きくなります。つまり60〜65℃は、微生物を止めながら、風味へのダメージを最小限に抑えるためのバランス温度なのです。
どのくらいの時間加熱するのか
火入れは温度だけでなく時間も重要です。一般的には数分から十数分程度、その温度帯を維持します。
現在ではプレートヒーターなどを用いて短時間で均一に加熱し、その後すばやく冷却します。温度と時間を精密に設計することで、品質を守りながら安定させています。
生酒・生貯蔵酒・生詰め酒の違い
火入れの回数とタイミングによって、日本酒の呼び名が変わります。
- 生酒:一度も火入れをしていない
- 生貯蔵酒:貯蔵前は火入れせず、出荷前に一度火入れ
- 生詰め酒:貯蔵前に一度火入れし、出荷前は火入れしない
- 通常酒:貯蔵前と出荷前の二回火入れ
違いは「火入れの有無」ではなく、「火入れの回数とタイミング」です。
なぜ生酒は冷蔵が必須なのか
生酒は、一度も火入れをしていない日本酒です。
つまり、酵母や酵素の働きを止めていない状態で瓶詰めされています。
そのため、常温で保存すると、わずかに残った酵母や酵素が活動を続け、味わいが変化してしまう可能性があります。
具体的には、
- 再発酵によるガス発生
- 酸味の増加
- 香りの変化
- にごりの発生
といった変化が起こることがあります。
冷蔵保存は、これらの微生物や酵素の働きを抑えるための方法です。温度が低いほど、微生物の活動はゆるやかになります。
つまり生酒は「繊細でフレッシュ」な一方で、「変化しやすい」酒でもあります。
その特性を守るために、低温管理が必要なのです。
検定では「生酒は火入れをしていないため、低温保存が必要」といった基本事項が問われることがあります。
理由まで理解しておくと、選択肢問題でも迷いにくくなります。
並行複発酵との関係
並行複発酵は、日本酒づくりの核心でした。
火入れは、その並行複発酵を止める工程ともいえます。発酵をどう進めるかだけでなく、どこで止めるかまで含めて、日本酒づくりは設計されています。
まとめ
火入れは、日本酒の品質を守るための重要な工程です。
- 発酵を止める
- 酵素の働きを抑える
- 酒質を安定させる
並行複発酵で生まれた酒を、どの状態で止め、どう守るか。
そこまで含めて、日本酒づくりは精密に設計されています。
▶ いよいよ最終工程へ
火入れによって日本酒の品質が安定しました。では、その後はどのようにして私たちの手元に届く状態まで仕上げられるのでしょうか。
搾り(上槽)から調合、割水、瓶詰めまでの流れを整理し、日本酒が完成するまでの全体像を確認していきます。


コメント